コタ NICU退院〜1歳誕生日まで
 ■ NICU退院〜1歳誕生日まで ■


 退院後は、コタと2人きりになるのが怖い日が続きました。
 夜も薄い明かりをつけて眠り、ちょこちょこ呼吸を確認したり…。
 昼夜の見分けがつくようになったのか、1ヵ月半の夜泣きもおさまりました。
 NICU退院後は、整形外科と小児心臓は県立小児センターを受診、小児科は地元の
 総合病院を受診していたのですが、総合病院の小児科医(小児科部長)のデリカシーの
 ない発言に嫌気が差して受診拒否(笑)
 結局、内反足を診てくださっていた先生の紹介で小児センターの小児科を
 紹介してもらうことになりました。

 小児センターの小児科を受診した結果、追視をしないことや、表情がないこと
 脇を支えてお座りさせたときに首が据わらない上に、首をあげようとする
 しぐさすら見られないことから検査をしていくことになり、翌週からPTを受けるよう
 指示されました。
 結局、血液検査、染色体検査、MRI、脳波を受けたものの、発達遅滞の原因が
 特定されるような異常は見当たりませんでした。

 聴力や視力に問題がないか、耳鼻科や眼科も受診しました。
 聴力は検査の結果異常なし、眼科は網膜の黄斑部の凹が少ない事から
 視力がほとんどないかも…と告げられました。
 コタの目が見えていないかもしれない…頭の中はしばらくその事ばかり。
 何も知らずに穏やかな表情で眠っているコタの顔を見ては、ゴメンね…と
 自分を責めて泣き続けていました。
 数日泣き続けたあと、県内の盲学校を探そうと思いネットで検索。
 意外と近くにあることがわかり、学校での生活、将来の仕事など具体的な
 情報が得られて少し気が楽になりました。
 そして、コタにしてやれる事は何でもしてやろう!そう前向きに考えるように
 なれたのもちょうどその頃でした。

 精神運動発達遅滞のはっきりとした原因がわからないまま、PTを受け続け
 時が経つものの、なかなか目に見える発達がなく不安な日々が続きました。
 症状や特徴をネットで検索しては、落胆したりますます心配したり…の繰り返し。
 そんな時、セカンドオピニオンとして東京の小児病院を受診することにしました。
 ところが、東京の病院でも新しい事実が判明することはなく
 「やっぱりわからなかったか…」とガッカリするような、少しホッとしたような
 そんな気持ちになりました。
 東京まで診察を受けにいった話を聞いた先生が、知合いの先生ならわかるかも…
 と大阪の小児病院の先生を紹介してくださいました。

 全体的に精神運動発達遅滞が目立つコタですが、唯一育児書通りの成長を
 みせていたのが、『歯』と『離乳食』でした。
 歯は順調にキレイに生えていたし、離乳食も順調に進み好き嫌いなく食べました。
 食い意地が張ってたぐらいのところは、こたまま似かしら?!(笑)
 療育手帳を取得したのも、ちょうど1歳になる直前でした。(A判定)